ドレスデン国立美術館展 「世界の鏡」
国立西洋美術館

6.28〜9.19

★★★★☆

 

本展の目玉は、何といってもフェルメールの『窓辺で手紙を読む女』! 未見の一作であり、楽しみにしていたので、それだけでも大満足といったところだけれども、フェルメール以外にもすばらしい作品がいくつもあり、より満足度が高くなった。


会場に一歩踏み入れて驚いたのは、大きな反射鏡がデンと居座っていたこと。かつて、太陽光を集めて、その高熱を利用して金属を溶かしたりするのに使われたものだったそうで、美術展にそんなものが出品されているとは思わなかったので意表をつかれた。最初の展示室はそのように博物展的色彩が濃く、さまざまな歴史的品々が並べられてあった。なかでも注目したのは天球儀と地球儀。フェルメールの絵でも再三登場しているヨドクス・ホンディウスのものではなかったが、それでも近似品を見ることができてよかった。想像以上に大きく、かつ精緻なつくり上げで立派なものであった。


博物系を過ぎると、いよいよ絵画ゾーンとなるのだが、狭い通路がくねくねと続く会場設営はよろしくなかった。終始圧迫感が強く、そうでなくても人が多かったので、余計に落ち着けなかった。また、西洋美術館の企画展ギャラリーの構造として、途中、階段で上ったり下りたりしなければならないのは何とかならないかといつも思ってしまう。お年寄りや身体が不自由な人は難儀であろう。


● カナレット 『ドーロの水門』

タブローではなくエッチングで、かつ小さなものだったけれど、すぐれた版画作品だった。律儀とも思えるほど細密な線で、水門のある水辺の風景を描いている。絵柄を描く線は、ほとんどが水平つまり横方向に引かれた線で、タテ線がない。だからタテのラインを表現するには、ごくごく短い横線を執拗に、しかもきわめて正確に積み重ねていく。実に描写が細かく、何と根気のあった人物なのだろうと溜息が出そうに。カナレットといえば、まるで写真のような明晰な印象の風景画がよく知られるが、本作はその描写力を裏付けるデッサン力の証明のようにも思われた。


● ヨハネス・フェルメール 『窓辺で手紙を読む女』

ついにご対面。これまで何度も図録等で見てきているせいか、初めて実物を見るようには感じなかった。そういう意味で、ちょっともったいない見方をしているのかなと一瞬思ったが、逆に「実物は写真と違うなあ」と感じるときもあるので、本作は写真と基本的な印象の方向性が同じなのだろうと考えることにした。


フェルメールといえばブルーとイエローのアンサンブルというイメージが強いが、ここではむしろ、赤と茶緑系の印象が強い。フェルメールの絵でほかに同じようなのは、と思い起こせば、『眠る女』が頭に浮かぶ。となると、両者はだいたい同時期に描かれたのかなと想像されるが、はたして、『眠る女』が1657年ごろ、本作が1659年ごろ(本展では)と推定されている。つまり、フェルメールの画業人生のまだ初期段階の作品で、フェルメールが次第にフェルメールらしさを獲得していく過渡期のものといえそうである。


とはいえ絵柄自体は、窓辺に女性が一人で立っている姿という、これぞフェルメール!の特徴的パターンがすでに現われている。『眠る女』の少しあと、というのは、まさしく時期的にピッタリという感じだ。他方、「静謐感」という面では、のちの『天秤を持つ女』や『窓辺で水差しを持つ女』ほどではなく、やはり過渡期であることが読み取れるように思われる。少し開いた窓の、ガラスに映ったおぼろな女性の反映像の描写はすごい。


フェルメールで長くなってしまった。


● ヘリット・ダウ 『祈る隠修士』

これまた小品ながら、見る者の心を揺さぶる秀作。修道士がこちらに背中を向け、右斜め上を向いて一心に祈りを捧げている場面である。きわめて滑らかに描かれており、筆遣いのあとはほとんど認められない。おそらく薄い色を根気よく何重にも塗り重ねて得られた表現ではないかと思われる。修道士が腰にぶらさげた瓢箪が印象的。


● バルタザール・デンナー 『すみれ色のスカーフを被る老女』

不明にして、これまで知らなかった画家だが、個性的な画風に驚いた。タイトル通り、スカーフを被った老女の肖像画であるが、その顔の描写が妙に生々しい。皺の一本一本まではっきりと描かれ、変なたとえだが脳ミソみたいな感じだ。あるいは、まるでロウ人形のようでも、あるいはまた水中にいるかのようでもあり、ソフトフォーカスがかかっているのにつやつやした印象がある。ほかに類を見ない描き方で、強烈なインパクトを受けた。


● アードリアン・ツィンク 『リーベタール渓谷の滝』

全体にセピアがかった淡い色調の単色風景作品。それほど大きくない。版画か水彩のようにも見えるが描画法はよくわからない。画面中央に滝があり、そこから川が下方へ続いている景色である。川の両側には樹木が立ち並ぶ。その木々の葉っぱの1枚1枚、あるいは川を流れる水が起こす泡しぶきの一つひとつがていねいに描かれている。それが潤いある新鮮な印象を醸し出しており、何百年も前の絵とは思われない。この画家も、これまで知らなかった。

                   *

そのほか、ドレスデン国立美術館には東洋の陶磁器などもたくさんあるようで、伊万里や白磁なども展示されていた。日本ではルーヴルやロンドンナショナルギャラリーほど知られてはいないと思うが、決して侮ることはできない“実力”の片鱗に触れることができる見応えある展覧会だった。

(7/12)