| ドイツ表現主義、すなわち、ドイツで展開された表現主義の展覧会である(当たり前か)。なんでわざわざ、そんな当然のことを確認したかといえば、表現主義というシロモノが少々厄介だから。そもそも、表現主義の定義が必ずしも明確ではない。たとえば印象派なら、色彩分割の画法で光を捉えようとしたグループといえるし、フォーヴィズムなら色彩を現実から解放し、色彩それ自体の表現性を追求したグループと、割合すっきりといってしまえる。そして、該当するアーティストや地理的時代的範囲もかなり明瞭である。
だが、表現主義はそうではない。だいたい、どの地域で隆盛したのか。本展が扱うドイツが中心だとする人もあれば、いやフランスだという人もある。さらには全世界的トレンドだと述べる人もいる。どうも「主義」の線引きがあいまいである。中身についても同じで、色彩で人間の感情を表現しようとしたグループである、とフォーヴィズムの延長で語られる場合があるかと思えば、人間の内面への探求を第一とし、ときには無意識領域をも題材にした、といわれる場合もある(そのためシュールレアリズムが表現主義の一つに含められることがある)。本展主催者の説明では、「ドイツ表現主義は、フォーヴィスムやキュビスムとならんで、20世紀初頭におこった芸術運動です。あふれ出る激しい色彩や強烈な形は、第一次世界大戦の頃のドイツに生きた若者たちの、人間の生に対する懊悩のかたちでもありました」と、フォーヴィズムやキュビスムと並置する関係で捉えている。
定義に深入りしすぎると、袋小路に入り込んでしまいそうなのでもうやめる。専門研究者ならぬ身であれば、とにかく表現主義とは、ややあいまいなもので、少なくとも人間の感情や心といった内面を重視し、それをさまざまに表現しようとした──という点は共通すると、漠然と理解しておけばいいのではないかと思う(そういうことにしておこう)。ちなみに、こうした表現主義的傾向は現代美術の大きなトレンドの一つで、20世紀初頭のみならず現在に至るまで続いているとされるときもある(ああ、余計ややこしくなりそうなので、今度こそもうやめる)。
さて、そのような美術史的な話は、作品と向き合うときにはどうでもよいといえば、どうでもよい。美術史の知識で作品のよし悪しが決められるものでもないし、好き嫌いとなるとまた別の話だからだ。で、本展の「ドイツ表現主義の芸術」が私にとってどうだったかといえば、とてもよかった!(つまり、好みに合った) これまでは、個別の作家ごとバラバラに見てきただけで、こういうかたちでまとめて鑑賞するのは初めてだったが、「いいな〜!」と感じ入ってしまった。
トータルの印象は、これらの作品が1世紀も前に描かれたものだとはとても思えないという驚きに尽きる。古臭くない。型にはまらない、ときにはヘタウマ風の線で描かれる人や机、果物、壼などに、赤や柿色、緑、青などの鮮やかな色が大胆に塗られる。フォーヴィズムとくにヴラマンクによく似た色合いの絵が多い。ゴーギャンの色遣いも思い出させる。あるいは、フリーハンドタッチの人がピンクレッドに色づけられるところなど、マチスのようでもある。どの絵にも共通して重要な役割を果たしていたのは、赤もしくは柿色。黒や緑と組み合わされることによって、“鮮やかなゴージャス”とでもいうようなイメージが生み出され、作品にインパクトを与えていた。
今回は、『ブリュッケ(橋)』のグループと『青騎士』のグループが紹介されていたが、『青騎士』のほうが画風の幅が広く、いわゆる表現主義的だった。一方、『ブリュッケ』は、画家同士の画風が似ており、色遣いは表現主義的であるが、スケッチはむしろ理性的なものさえ感じさせる絵が多かった。絵柄の輪郭が黒でしっかりと描かれていたから、そう感じるのかもしれない。いわゆるドイツ的な「カチッ」とした印象も受けるのである。だが、いずれのグループの作品も適度に垢抜けて魅力的で、100年を経たいまなお好感度が高い。見終わってからの満足感も高いものがあった。
魅力を裏付けるかのように、図録が売り切れていたのにもびっくりした。この種の展覧会では異例の現象といっていいだろう。それだけ人気が高いのは嬉しく思う反面、自分が入手できなかったのは悔しい! ちくしょう、もっと早く行っておけばよかった!!
あえて気になったのは展示のしかたの一部で、円柱をギャラリースペースの真ん中に設置し、それにも絵をかけていたが、円柱が邪魔でしかたなかった。でも、サントリーミュージアム天保山では再入場OKとなっていたので、許す(笑)。
2月1日から3月9日には、府中市美術館に巡回するので、関東地方の人にはオススメである。チャンスがあれば、そっちで図録を買うか!?
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