● 有元利夫展
● 2003.4.12
● 美術館「えき」KYOTO

★★★★☆

あちこち巡回したのちようやく京都にやってきたので、期待して見に行って、期待通りのとても高い満足感が得られた展覧会。意外とこういうパターンは珍しいかも。


有元利夫は、1985年に38歳で夭折した。没してから18年経つことになる。同時代の画家という感覚のなかにも、すでにして歴史上の画家といった趣も感じるようになってきた。それはおそらく、彼の画風も影響してのことだろう。


有元作品は、ほかには見られない味わいを備えている。現代に描かれているのに、はるか昔に描かれたような印象。フレスコ画の感触を採り入れたことによって得られた一種の懐かしさ──そんな風合いを醸し出しているのである。これは独自の制作法によって生み出されているという。


その制作法の中身については、残念ながら、図録にも書いていないのでよくわからないが、実物を見たところでは、キャンバス自体にまず石膏か漆喰のようなもので地づくりがなされているようである。そして、その地のうえに岩絵具で絵柄が描かれてある。だから、絵の表面は平滑ではなく、いくぶんゴツゴツし、デコボコしている。その結果、石の上に絵が描かれているかのような効果が出ている。


彩色にも工夫のあとがうかがえる。粗っぽい筆致とていねいな塗りが場所によって併用されており、1枚の絵のなかで「粗雑」と「緻密」という相反するイメージが並存するよう企てられている。さらに、岩絵具を塗ったあと、乾いてからブラシをかけ、歳月によってかすれた感じも意図的に出したりしている。いわゆる「エージング(古びの技術)」である。エージングは、絵だけでなく、額縁にも施されていて、全体の雰囲気づくりに寄与している。そうしたさまざまな工夫があいまって、有元氏独自の世界が組み立てられている。


それは何とも不思議な世界である。絵柄は、多くは女性一人を描いている。といって肖像画ではない。彼女たちは実在の人間ではなく、描かれている舞台も現実の世界ではない。らせんの塔を登っているところや、森の中であったりする。劇場に場面設定を借りたものも多い。有元氏が創り出す神話のような童話のような非現実の世界で、マグリットの時空と同種のものも感じられる(有元氏自身、マグリットからの影響を述べている)。神の恩寵が満ちたところというイメージもある。フレスコ画的であるところが、古いキリスト教の絵と印象が重なるからだ。


女性たちは、全体に丸みを帯びて素朴な風貌に記号化され、手の上で花を躍らせたり、四角く切り取られた空を手にしたり、笛を吹いたりしている。また、彼女らは顔をこちらに向けてはいるが、見る者と視線を合わせることはない。何とも謎めいている。が、決してダークな謎ではない。彼女たちは神の使いなのだろうか。恩寵の福音をもたらしているかのようである。


1976〜77年以降の作品は、それまでにもまして絵柄がシンプルな色面で構成されるようになる。たとえば79年の『春』(チラシの表紙の絵、上掲画像<左>参照)では、カーテンのように上中央から左右に広がる部分、そのカーテンに切り取られた残りの背景の部分、下前面の床の四角形、と単純な形態の組み合わせで絵が構成されている。絵柄がシンプルになった分、抽象性が増す。それがさらに神話性、童話性を増幅し、エージングの効果とあいまって、絵はますます寓話性と永遠性を感じさせる。


もっとも気に入ったのは、赤が基調となったもの。敬虔さと豊饒さが兼ね備わったなかに、心穏やかな温かみのある安心感が伝わってくる。音楽的な印象もある。ちなみに有元氏はバロック音楽が好きで、バロックを聞くと花が降ってくるような気がしたそうである。それが絵にも表わされている。


説話的な絵柄とエージングによる“古新しい”感覚が最大の魅力の有元作品。版画もあったけれども、何といっても、その質感が感じられるタブローがやはり一番よかった。何とかして、わが家のリビングに飾ることはできないものだろうか、と渇望してしまった。おすすめの展覧会だ。

(4月20日まで)

 

(これからの巡回展)

4月27日〜6月11日 高知県立美術館