以下の文章は、2000年10月28日に掲載した、「すべての選挙で、自民党にノーを」です。主旨が伝わらなくなるので、多くは修正してありません。肩書きなどは当時のものです。

24日、25日、朝日新聞から世論調査が発表された。

各政党の支持率を見ると

自民党、26%、民主党、14%、その他の政党は、2〜4%程度と各政党、相も変わらずの支持率だ。これに対して、支持政党なし層は、39%。答えない人と合わせると、無党派層は、ほぼ、50%に近い。

さらに、その支持の定着度を見ると

自民党、63%、民主党、22%、公明党、80%、自由党、34%、共産党、63%、社民党、40% とある。

創価学会を母体とする公明党は当然としても、批判が多い自民党が意外と支持者が固定している。単純計算で、
有権者の2割近くの人が、自民党の固定支持層ということになる。この人達にとって、政治への不満は、自民党が
単独過半数を占めていないことにあるのかも知れない。


あきらめても、あきらめきれない有権者、今の政治に、大いに不満、45%、少しは不満、50%

昨年12月の調査から、今回10月の調査まで、同じ政党を支持し続けた人は、たった33%。7割近くの人が、複数の政党を渡り歩いたり、無党派層になっている。つまり、無党派と呼ばれる人達のほとんどは、過去、どこかの政党を支持していたことになる。それだけ、政治不信、政党不信が強いこと、現在の野党は必ずしもその受け皿になっていないことを、政党関係者は真剣に考えるべきだろう。
 
すべての人を均等に満足させる政治は、不可能ともいえるが、多くの人が、不満を持っていることになる。しかし、現在の政治を見ると、その不満は、決して「ぜいたくな不満」ではなく、当然な不満といえるだろう。多くの有権者は、今の政党、そして政治は、何とかならないものかと考え、怒り、いらだっているが、現実として、どうする事もできない状態にあえいでいるといってもいいだろう。


民主党支持の中身

それにしても、民主党の数字はひどい。支持率14%のうち、固定した支持は、わずか22%とは。8割近くが浮動票ということだ。「日本のニューリーダー」、「鳩菅政権」どころの話ではあるまい。そして、民主党支持に変更した人の、元の支持政党を見ると、一番多いのは自民党支持者だ。私は当ページで、何度か、民主党への疑問を書いているが、それほど間違っていたとも思えない調査結果が出ている。

つまり、政治が変わることを求めているようにも見えるが、自民党には没落傾向が見えるので、自民党に求めていたものを、求める先、相手先を民主党に変えただけではないのか、現在の民主党への支持は、自民党支持の延長線上のものでしかないのではないか、有権者の政治意識は、基本的には変わっていないのでないか、という疑問だ。実際、民主党の狙いも、そこにあるだろう。

しかし、自民党支持の延長線上に民主党支持が増えても政治は変らないと見るべきだろう。民主党のいう、政治を「かえる」とは、「変える」ではなく、自民党に「代わる」に過ぎないだろう。「反自民」ではなく、「非自民」という言葉にも、それが表れている。党名が、「自民党」でなく、「民主党」ですよ、という、ただそれだけのことだろう。

そして、この層は、自民党が態勢を立て直すことがあれば、また自民党支持に戻るだろう。そして民主党は、第二のさきがけになって、終わりか ?。いずれにしても、鳩山氏は、祖父の作った「民主党」復活に成功し、そこに、元自民党、日本新党、さきがけ、旧社会党、旧新進党議員が、選挙互助会として群がった事実だけは残るだろう。事実、旧新進党から民主党に合流した人達は、次の政界再編をにらんでいるだろう。それらの人にとって民主党は「仮の宿」に過ぎないだろう。


国政選挙だけでなく、すべての選挙で、自民党に、ノーを突きつけよう

上記の、自民党支持の固定層、そして、創価学会信者が減少しない限り、日本の政治は変わらないとも言える。
そう考えると絶望的になってしまうが、方法はある。50%に近い無党派層が何らかの形で、動くことだ。50%は自民党支持を大きく引き離した「第一党」だ。その50%のうちの20%でも動けば、政治を大きく変えることができるものと考える。つまり、有権者が政党に動かされるのではなく、有権者が政党、候補者を動かす選挙を見せつけることだ。

長野知事選で、田中康夫氏が当選し、マスコミは、「改革派」の勝利と伝える。田中氏の支持者に非難されるかも知れないが、私は、6年程前の、ノック、青島ブームに過ぎないのではないかと考えている。

田中氏の対立候補に、62人の県議のうち、民主党も含め、57人が推薦人に名を連ねた。つまり「改革」を求める声に反したことになる。それなら、時期はわからないが、次の県議選で、それらの57人は落選するだろうか。ほぼ全員が当選するだろう。それなら、今回の知事選は、「改革」を求めた選挙ではなかったことになる。

そして、その県議系の市議、町議、村議、落選する人いますか ?。国政と地方政治は別だ、という意見もあるが、国政を変えるには、地方政治を少しずつ変えなくては、政治は変わらないだろう。地方選にイデオロギーは不要だ、という意見はごまかしだ。イデオロギーのない候補者などいない。住民の生活防衛意識、保守心理を、うまく利用しようとしているだけといってもいいだろう。

自民党公認というより、無所属といった方が票が集まるからである。実際は、自民党員、自民党丸抱えの選挙をしていながら、県民党、市民党、環境派、無所属などと名乗っている候補者が、実に多い。選挙が終われば、すぐ自民党に入る議員もいれば、入党せずに自民党と統一会派を組む議員もいる。そして、地方政治が固定化される。これでは、政治は変わらない。国政にしろ、地方政治にしろ、イデオロギーのない政治はあり得ない。


また、長野知事選からほぼ1ヶ月後の11月19日に行なわれた栃木知事選挙では、田中氏と同じく、共産党を除く各党の推薦を受けた候補を破って、元今市市長が当選した。こちらは何ら有名人ではない。間違いなく無党派層は動いているといえるだろう。政党や組織に関係なく、一人一人の有権者が自分の判断で投票する、考えてみれば当たり前だが、そういう選挙をめざしたいものだ。

国政選挙だけでなく、市議選、県議選(都議選)、知事選、すべての選挙で、自民党、自民党系候補者に、ノーを突きつけなくては、政治は変わらない。国政は、「反自民」で、地方選は、「自民」では、政治は変わらない。

                                                          2001.3.19 (月)